第七十九話 心躍る時

若い人は当然ながら経験が少ない。しかし、だからこそ、見るもの、聞くものが新鮮であります。ですから、泣いたり、笑ったり、感動したり、不安になったり、興奮したり、いろんな感情が湧き出てきます。それが年取ってきますと、経験豊富でありまして、何十年もの間に、いろんな経験を積み重ねてきました。という事は少々の事では驚いたりしないわけです。同時に心躍るような事も、感動なんかもあまり無いわけです。

青春という言葉は若い時の事をさして言うのが普通です。確かに、若い時は未経験ですから、初めて体験する事が多く、いろいろあるわけで、だからそれを青春というのかもしれません。年とってきたら、そういう青春とは言いませんが、それは多分、心躍る事が無くなってしまうからかもしれません。でも、何歳になろうが、心躍る事があるなら、それはとっても興奮を誘います。青春を感じさせます。年取りながら、徐々に守るものができて、徐々に保守的になって、同時に心躍るような事も失う。それが年を取るという事なのでしょうか?

人生80年、そのうちみんな死んでしまう。こればかりは誰も避ける事のできない事実。どんなに才能がある人で活躍してきた人でも、世界的発明をした人でも、こればかりは避けられない。メジャーリーグの一郎だって同じ事、最近、ゴルフ界で活躍している若い石川遼選手だって同じ事です。

それなら、世界を又にかけて活躍はできないものの、何か心躍る事をしたい。感動したり、大笑いしたり。それで何かをしようと行動しますと、当然ながら、苦難もあるわけで、この苦難があるからこそ感動もある。年取りますと、先が見えてきますから、この苦難も想像できたりして、それ程の感動がその先にあるのかと、考えてしまう。では、やめとこか。

しかし、一部の方は、それでもやってしまう。やってその先どうなるかは解らない。回りは冷ややかな目で見るかもしれません。保守的な人から見ればそう映る。結局はうまく行かないかもしれません。でも、それでも、やる人が居る。うまくすれば、大きな心躍る何かを手に入れるかもしれない。まてよ、こういう人達は、スタートした時点から心が躍っている。だからこそ、スタートを切れるのかもしれません。年とってから興味ある事に邁進する時、その結果はあまり重要では無いかもしれません。そのプロセスに心躍れば、それで良いのかもしれません。その方が案外うまくいく。できるかできないかの問題では無く、心躍るかどうかの問題かもしれません。

無難な選択は旅行かもしれません。行った事が無い海外の地を見て回る事は、長い経験を持つ方々にも新鮮に映る。これもひとつの方法ですね。豪華客船で世界を回る。これも方法。やはり、何か心躍る何かを求めています。当然な事で、それが青春をもう一度味わう事なのですから。

ヨットをやる。これも楽な事ではありません。それどころか、かなり大変な事かもしれません。それだけに、心躍る度合いも違ってきます。海はまだ未知の世界。陸上生活をしてきた我々にとって、怖い世界であるかもしれません。しかし、そこに、自分の手で動かすヨットで、セーリングに出るという事は、お金さえあればできる事ではありません。よって、新鮮な驚き満載なわけです。覚える事もたくさんあります。だから、面白くなる。

新しい事に挑戦するのは、楽じゃない。もう年だから楽にできる事と考えますと、心躍るような事も同時に無くしてしまう。青春をもう一度、それならチャレンジするしか無いですね。そのチャレンジに相当する心躍る事がきっとある。そうでもなけりゃ、何の為に生きてんのか?守りと攻撃と、いつもどこかでバランスを取ります。その境目がどっちに行くか?その境目が私自身という事なのでしょうね。すると、今の境目が面白いのか、それで良いのか?自問自答するしかありません。

若い時ならいざしらず、年とってから何か新しい事に挑戦する事は簡単では無いかもしれません。でも、プロになろうとか、そういう事を目指すわけでもないですから、興味が少しでもあれば、考えずにやる事では無いでしょうか?若い人は考えるよりも先に行動するかもしれません。年取ったら、行動するよりも考える。考える事は大事な事ですが、考えすぎる事が多くなる。豊富な経験を持つ事は良い事なのでしょうが、弊害もある。

是非、ヨットをやって頂きたいものです。初心者、大歓迎なのです。老若男女、大歓迎なのです。海は広いですから、いつも空いています。何かに挑戦しようとする時、心が躍ります。この感じは一体何でしょうか?これぞ青春なのではないでしょうか?いつも、こういう心躍る何かを持っていたいですね。

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