第五十五話 思い込み

人にはそれぞれ異なる価値観があります。これは単純に何を尊いとか何が重要だとか、そういう事のみならず、ある事に対してどういうイメージを持っているかも含みます。例えば、海と聞いた時、どんなイメージが浮かぶか?荒れた海、夕日の見える穏やかな海、寒い冬の海、夏の海、楽しい、怖い、いろんなイメージが浮かびます。海には、いろんな様相があるにも拘らず、ある特定のイメージを他より強くもってしまう。

ヨットと聞きますと、ある人は乗りたい、ほしい、でもある人は高い、贅沢、またある人は怖い、難しい、千差万別の答えが返ってきます。つまり、我々はある事に対して、ある特定のイメージを持っており、それは過去の経験、直接的、間接的な経験から知らない間に、特定のイメージを作り上げてきたと思います。海に怖さを感じる人は海には近づきたがらないでしょうし、ヨットに恐怖のイメージを持つなら、ヨットなんてしたいとは思わない。つまり、その抱くイメージいかんによって、その後の行動が制限される事になります。

現在、ヨットやってる方は、海やヨットに悪いイメージは持っておられないでしょう。だから、できる。でも、その先を考えますと、具体的にどんなイメージを持っているのかで、その先の使い方が決まってくるかもしれません。また、その後の経験によってもイメージが違ってくるかもしれません。それともうひとつ、同じ体験をしても、その体験をどういうイメージに捉えるかは人によって異なると思います。それは多分、その人が本来持っている性格、思い込みによるものだと思います。

ある怖い思いをしたとして、ある人はそれが原因で乗るのをためらうようになるかもしれませんし、また、ある人はそれでも何とかしようと思うかもしれません。何を経験するかは、根底にどんな思い込みがあるかによって捉え方が違う。もちろん、怖い思いの程度問題もあります。
怖い思いのみならず、キャビンで過ごす事、これもどういうイメージを持つようになるか?シングルハンドに対してどういうイメージを持つか? ファミリークルージング、セーリング、レース、これらはみんな、根底にある思い込みによってイメージが異なり、それによって、その後の行動が違ってくるのではないでしょうか?それも、自分で気がつかないうちに。

重要な事は、行動は思い込みによって支配されているという事ではないかと思います。経験は思い込みによって解釈され、また経験も思い込みに影響を与える。これらは、我々の行動を制限してしまう可能性が高い。よって、どんな思い込みを持っているのか?それが解れば、どうにかできるのではないかと思います。

ある方と一緒にアメリカの造船所に行った事がありますが、例えば、40フィートのヨットを買おうと思って見に行きます。最初は大きいかなと思ったり、でも、いざ、アメリカに着いて、いろんな大きなヨットを見ますと、40フィートが小さく見えてきた。それに、40フィートぐらいなら、なんてことは無いように思えてきた。こういう事は良くある事です。大きいか小さいかは、自分が持っているイメージにおいてどう感じているかによって決まる。ただ、この場合は、他の艇との比較でそういう感じを持ったわけで、心の底から感じたイメージとは違います。ですから、この40フィートを日本に持っていった瞬間、前と同じイメージを持つはずです。

自分にどんなイメージがあるのか、それはとっても大事な事ではないかと思います。そのイメージが好ましいものであるなら、それで良いのでしょうが、逆に足を引っ張るようなものだと、困る事になります。

30フィートぐらいなら、シングルでもやれるという話を時折耳にしますが、全くの素人の人が、30フィートを購入。ひとりで狭いマリーナから出そうとした時、ぶつけそうになって、怖い思いをされた。その後、怖くて、シングルでは出せなくなり、結局はヨットをやめてしまった方がおられました。最初に怖いイメージは無かったものの、その後の体験で恐怖感がその人のイメージになったわけです。でも、もし、怖いイメージが薄いもので、それより、何とかできないかと考える人だったら、それを乗り越えて、今ではシングルハンドを楽しんでおられるかもしれません。一方で、もっと大きなヨットをシングルで楽しむ人を知っています。

多くの動かないヨット。多分、何らかの思い込みがあって、それで動かないのではないでしょうか?
クルーが居ない。それなら、クルーを集める方法を考えても良いはずです。本当にクルー無しでは不可能なのでしょうか?遠くの、あの島に行きたいと思っても、いろんなイメージが飛び交います。それがOKなイメージなら良いのですが、マイナスなイメージであるなら、それがある限り行く事はできない。行きたいという欲求が、マイナスイメージに勝つかどうか、その行きたいという欲求が、自分の持つイメージより強いかどうかにかかってきます。という事は、我々は、いつも好きな事をしている事になります。マイナスが強いなら、その通りの事をしている事になります。欲求が強いなら、その方法を考えるでしょう。

という事は、多くの動かないヨットは、何らかのイメージを持って、動かしたくないから、そういう事になります。それで良いのか?ただ、係留料を毎年払っているだけで良いのか?もし、そうでは無いなら、何かしなければなりません。

それで、まずは、最も手軽にできるデイセーリングから始められる事をお勧めしています。手軽と言っても、非常に深いセーリングの世界です。シングルが無理なら、誰かひとり見つける努力をして、何とか出れる環境を作る。そこから全ては始まる。どんどんやれば、それが手軽にできる遊びというイメージが作られる。例え、何かがあっても、目の前の海でセーリングをしたいという欲求をいつもつのらせる。そうやってイメージが定着した時、何て事はなくなる。心からそれを楽しむ事ができるようになると思います。

ヨットが難しいと思う人は、ひとつひとつどれがどんな役割をしているかを明確にして、全部をいっぺんに使う必要も無く、最低限、これとこれだけでセーリングは一応できるという事を明確にしてしませば、イメージが変わる。ヨットは動かすだけなら、そう難しい事は無い。おっと、ここにも固定観念の思い込みがあります。じゃあ、もっと速く走らせようとする時は難しいんだというイメージです。
この難しいというイメージが大きければ、挑戦する気にもならない。しかし、難しいイメージが、だからこそ挑戦しがいがあると思うなら、その先に進む事ができる。難しいなんて、考えない事。やればやるだけ面白くなるというイメージを持つのが良いのかもしれません。

そこで、自分にどんな思い込みがあるのかを考えてみる事は、大きな変化をもたらすかもしれません。良い悪い、難しい簡単、いろんな形容詞がありますが、それらをできるだけ挟み込まない方が良いのかもしれません。全ては考え方ひとつ、と言われます。全ては思い込み次第でしょうね。
こうしたい、ああしたいという欲求の足を引っ張るのは何か?

何かの刺激を受けて、ぱっと抱いたイメージ。そのすぐ後に、まてよ、と来る。そのまてよ、は防衛反応として守ってくれる場合もあるし、行動を単に制限しているに過ぎない場合もある。そこが難しいかもしれませんが、冷静に観察してみる必要があるかもしれません。人には行動パターンがあると言われますし、それは考え方のパターンでもあります。それは思い込みによる。

考えるというのは人間に与えられた才能ではありますが、時に、足を引っ張る。ちょっと無謀かもしれませんが、思いついた瞬間に行動するというのは、思い込みを打破するひとつの方法かもしれません。よくよく考えて?冷静に事実だけを考慮するなら良いのですが、たいてはは思い込みによって、いつものパターンを繰り返す。したいと思ったが、次に、まてよ、今日は風が強すぎる。今日は、別な用事があった。いつものパターンです。それを、意識して、思い込みだと思って、ちょいと打破すると、新しい世界が広がるかもしれません?

とは言うものの、思い込みを打破するのは簡単では無い。ちょっと勇気が必要になります。でも、それを越えたら、面白さが広がるかもしれません。シングルに挑戦してみよう。セーリングに挑戦してみよう。これらは挑戦であります。だから冒険であります。ほんの少し勇気を持って、何かに挑戦し続ける。これこそ、面白さの持続。どこか遠くに行きたいと思ったら、今は行けないなら、まずはセーリングに挑戦して、しょっちゅうやって、海とヨット、セーリングに対するイメージ、思い込みを作り上げる。面白い、難しくない、気軽などなど、そうすると、そのうち目指す遠くへ行く事ができるようになる。高いハードルはいっぺんに越えるには、相当な勇気が必要ですから。徐々に。
面白さを持続させるには、いつも、ちょっとだけ冒険しようとするのが良い。そう思い込む。その挑戦が無いから、退屈になるんだと思い込む。それも良いかもしれませんね。退屈さを感じたら、ちょっとだけ冒険してみましょう。まず、最初のチャレンジはたくさん回数出す事じゃないかなと思います。そうしたら、次の冒険が見えてくる。

別に、クルージングだけ、セーリングだけ、等に決め付けなくても、今日はこうしようで良いのではないでしょうか?今日は彼女とクルージング、今日は本気でセーリング、いろいろバリエーションも創れます。

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