第三十七話 ワンルーム

若い頃、所謂ワンルームマンションに住んでいました。玄関を開けると、左にバスルームがあり、一部屋の隅にベッドを置いて、また片隅には台所、それだけの部屋です。でも、充分でありました。中央にテーブル置いて、全てはそこで充分に暮らせる部屋、もう一部屋必要という事もありませんでした。誰かが来ても、充分に接待できますし、泊めてあげる事もできました。

デイセーラーというのは、そんなワンルームマンションみたいなものです。一部屋に全てが配置され、ベッドがあり、ソファーがあり、ギャレーがあり、そしてヘッドがある。プライベートを保つという意味では、もう一部屋個室が必要かもしれませんが、日常においては充分であります。

これが少し長い旅になりますと、もう一部屋ほしくなるかもしれません。リビングルームとは別に、寝室がほしくなる。また、ゲストが一緒なら、リビングとは別に、2部屋ほしくなるかもしれません。
でも、ここはマンションじゃ無い。住む為の部屋ではありません。

動く別荘とは言うものの、キャンプほどでは無いにしろ、キャンプと別荘の中間的な、そういう空間です。住むわけでは無いが、寝泊りする事もある。そういう意味では、それ程の長旅では無いなら、1,2泊程度なら充分です。

大きなサイズのデイセーラーにしても、基本的にはワンルーム形式です。その為、大きなキャビンヨットに比べれば、収納が少ないとかはあるでしょう、オーナーとゲストが一緒に長い旅でもしない限り、そうそう部屋が必要という事でも無いと思います。だいたい、部屋が荷物置きになっているケースは多いようです。

それは兎も角、デイセーリングからウィークエンドのクルージングにおいては、ワンルームで充分という考え方です。そのお陰で、セーリングの方にもっと目が向いていきます。そういうコンセプトのヨットです。多くの場合、使い方としては、デイセーリングから、ちょっと沿岸のオーバーナイトのクルージングをされる。まあ、夜は走らないにしても、1,2泊の泊まり程度の距離です。場合によっては、旅館やホテルに泊まる方々も少なくない。そういう時に、2DKや3DKだのが必要でしょうか?
部屋は広くて、部屋も2つか3つあっても構わない。でも、それによって、セーリングが損なわれるとしたら、どうでしょうか?

これからは、クルージング派の方々ももっとセーリング自体を楽しんで頂きたいと思います。それを楽しむには、あっても構わなかった部屋数や広さが、かえって邪魔になります。大きな部屋は重心を高くしてしまうし、重くするし、それに応じてキールは軽くなるし、セーリングにとって良い事はありません。セーリングを楽しむなら、やはり、重心は低い方が良い。船体の風圧面積も少ない方が良い。スタビリティーも高い方が良い。デイセーラーはそういうヨットです。

60フィートのデイセーラーもありますが、考え方は同じです。60フィートあれば、それに応じてスペースは広くなります。しかし、あくまで重心は低く、スタビリテーは高く、イージーハンドリングで、シングルだって可能で、帆走性能が高く、セーリングが面白い。これは従来のヨットとは違っています。
クルージング艇とは違うし、レーサークルーザーとも違う。全く新しいコンセプトです。特にこれからの時代にはマッチしたコンセプトではないかと思います。

今までは、遠くに行く人も、近くの人も、同じ様なヨットを使ってきました。クルージング艇です。バウに一部屋、後部に一部屋、中央にリビングルーム。天井は高く、ギャレーも充実、これが一般的でした。でも、近くのクルージングを遊ぶ人々にとって、そこまで必要でしょうか?もし、これをデイセーラーにしたら、日常において、もっと面白いセーリングという、もうひとつの楽しみが増える事になります。ですから、そういう方へは、ワンルームマンション的なデイセーラーをお奨めしたいと思います。そして、もっとセーリングという遊びを堪能していただきたいと思います。その方が、遊びの幅が広がりますね。長旅はヨットに住むのに近くなります。住むのと、ちょっと泊まるのとで同じで良いはずは無いと思います。

但し、部屋が狭いからと言って、残念ながら価格が安くなる事はありません。そこがマンションとは違うところです。セーリングを重視しますと、造りが重要になります。船体は硬くないといけませんし、重すぎてもいけませんし、バランスも良くなくては、レスポンスも問われます。よって、造りはそれに応じる事になります。スポーツカーが安くは無いのと同じでしょう。但し、造りがしっかりしていますから、乗り心地は良いし、長持ちです。長い目で見れば、充分に価値はあると思います。

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