第六十八話 ヨットの値段

ヨットで最もコストのかかる部分は何か?多分、人件費でしょう。人が働くと給料を払うのは当たり前、それも素人かベテランの職人かによっても違う。という事は、コストを下げるには、この人件費を節約するのが最も効果的です。それで機械化をしたり、ヨットの構造を、手間のかからないようにする。ひとつのヨットを建造するのに、2週間かかるヨットと、2ヶ月かかるヨットではコストが全く違う。しかし、何故、こんなに差が出るかです。

船体の積層するだけでも、職人がするのと、素人みたいな人がするのでは出来映えが違う。できるだけエアーが積層間に残っちゃいかんのです。平らなところはまだしも、ヨットはカーブが多い。ですから難しい。そこに、ストリンガーを設置する。これもFRPのモールドで造って、船底にペタっとパテ接着するだけなら簡単、ですが、それではいつか剥がれてしまう。それで、船底にストリンガーをグラスで積層して、一体化を図る。これにしても、全部積層するか、周辺だけを積層するかによっても違ってきます。もちろん、周辺だけにしてもパテよりはましですが。

船体の積層にしても、何枚も一辺に敷いて、樹脂を浸透させるのもあるでしょうし、1枚づつやるのもある。どっちが良いかは明瞭です。バルクヘッドもパテ接着だけのもあれば、積層しているのもある。艇によっては、船内の家具類全部を船底に接触する部分は積層しているのもある。そうなると、構造的強度は歴然と違ってきます。これらは、新しいうちは解らないかもしれませんが、年数が経つにつれ違いが出てくる。まあ、乗らなきゃ違いは少なくなるでしょうが。でも、乗るのが前提です。

デッキも同じですが、また、ハルとデッキの接合の仕方においても違いが出てくる。まあ、だいたい造る側にとってやり易い、作業性が良いというのは、だいたい強度的にはマイナスになる事が多い。他にもあります。進水後のメインテナンスをどう考えるかです。何十年も乗れば、どんなヨットだってどこかに不具合がでる。その時、手が入らないようになっているヨット、そんな事は考えないヨットの方が造る手間を省けます。しかし、そういう何十年でも使うのを前提に造るなら、そういう事も考えておく必要がある。ここにも造る側の手間の違いがある。

要は腕の良い職人を使って、時間をかければ良いヨットができる。しかし、コストはかかる。当然の事です。ですから、価格は品質に比例すると考えます。何せ、車のようにロボット化が難しいし、そこまでの数はまだ世界広しと言えども数が出無い。世界で最も数多く造る造船所でも、年間に数千単位ですから、車なんかの比ではありません。

船体以外は他の艤装メーカーが造りますから、造船所は船体のみ、それと艤装品の設置の仕方です。確かに、大量仕入によるコストダウンもあるでしょうが、恐らく人件費の比では無いと思います。同じ材料を使っても、職人次第、構造しだいによって、ヨットは違ってくる。ストリンガーを積層するからといって、材料費にたいした違いは無いでしょう。しかし、手間は全く違う。ヨットのコストは、ここにありという気がします。でも、それが大きな結果となると言えます。ニス塗装ひとつとっても、10回以上塗装してサンディングを繰り返す方法もあれば、機械に通して一瞬でできあがるのもある。

確かに、材料費も良い物を使えばコストはかかる。同じアルミマストでも、いろいろあります。それにカーボンとかもある。船体の樹脂にしたって、ポリエステルもあればビニルエステルもある。エポキシもある。コストは何倍も違う。それに一部か全部かも違う。ステンレスだって違う、グラスも違う、質はピンキリです。材料も重要です。でも、職人の手間の方がもっと重要かと思います。普通の素材で職人が手間をかけるのと、良い素材で手間をかけないのとでは、前者の方が良いと思います。ただ、現実的にはこういうアンバランスさはやりませんが。

それで、ヨットの価格は職人の手間を反映していると思います。手間のかかる構造をわざとしている所にも意味があります。それで、みんな手間をかけたヨットにすべきかと言いますと、そうでは無い。必要と思う分で充分なのです。

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