第三十一話 キャビンの誘惑

ヨットを見る度に、キャビンはその魅力でもって誘惑してきます。心地良さそうなソファーがあり、使いやすそうなギャレー、それにガスコンロと電子レンジ、冷蔵庫があれば、いろんな料理も楽しむ事ができそうだ。バウとアフトにバースがあって、家族全員が寝れる。仲間が来ても、ちょっとロングでもプライベートが保てる。エアコンなんかあると快適そのものであります。

この目に見える、という事は容易に想像できる。キャビンの魅力は多くの方々を惹きつける事になります。ここで良く考えて頂きたい。部屋数があるという事はプライベートを保ちますので、ロングの旅にはひとりでは無い限りはあった方が良いと思います。長い旅ではいろんな事がありますから、独立した部屋があった方が良いです。しかし、ロングでは無い、ショートクルージングなら、必ずしもそうとは限らない。みんなでワイワイでも行けると思いますね。

キャビンの魅力には魅かれますが、その対面にはセーリングという事があります。これは相反する物であり、キャビンが充実すればする程、セーリングが減じられ、セーリングが充実すればする程、キャビンが減じられます。どっちかを取れとは難しい事かもしれません。セーリングは目に見えないだけに想像しがたい。それがキャビン優先になっていきます。

ここで考えて頂きたい事は、何をもってヨットをやるかという事です。実際は、目に見えないだけにキャビン優勢となりますが、そこをもう一度考えて、本当にキャビン優先で良いのか?と聞いて頂きたい。キャビン優先でもセールはあるので、セーリングはできると考えますが、セーリング優先のヨットとは質が違うと思います。

キャビンで何をするか?これが疑問です。ロングの旅は別にしても、ショートからデイセーリングという最も一般的に使うであろう用途において、キャビンをどう活かすか?

私は、ロング以外であれば、セーリング優先にした方が面白いと思っています。偏見に満ちた考えだと言う方もおられるでしょう。しかし、現実にマリーナのヨット達を見ていますと、キャビンがそんなに活躍しているとは思え無い。キャビン優先にする程の事は無いように見えます。セーリング中は殆どコクピットに出てますし、ヨットに泊まる方も少ない。あっても連泊では無いので、どうにでもなる。

ならば、セーリングをもっと楽しんだ方が、クルージング派の方々にとっても面白い、充実したヨットライフがおくれるのではないかと考えてきました。りっぱなガスコンロがあっても、カセットコンロを持ち込む、オーブンがあっても使った事が無い、温水が出てもシャワーを使った事が無い、ましてトイレもめったに使わない。バースが前後にあっても、泊まった事が無い、寝るのはメインキャビンに寝る、エアコンの効いたキャビンでビデオを見てる?嫌々、キャビンを滅多に使わなくなった。そういう方々も多く見られます。

あるヨーロッパから来た方に話を聞きますと、ヨットは初期はかかるが、その後はお金のかからない家族のレジャーだそうです。週末になったら家族でヨットに行く。そこで家族みんなで過ごす。たまにはセーリングする事もあるが、別荘みたいなもんです。ですからキャビンは必要です。ですから、量産艇はここに集中しています。ヨットを中心にマリーナで遊ぶ。マリーナにはいろんな施設があり、リゾート気分です。

残念ながら、日本の事情はこうはいきません。家族が来ないヨットは多いし、マリーナもそれほどエンターテインメント性が無い。それじゃあ、どうやって過ごすのか?毎週のようにですよ?そういう
ヨットを日本に持ってきても、なかなかスタイルが違うので、使いきれないというのが現状ではないか?それだけなら良いのですが、大きなキャビンにする事によって、スタビリティーが減じられたり、風圧面積が大きかったり、セーリング操作がしにくかったりする。それで良いのか?

ひょっとしたら、私の偏見に満ちた考えかもしれません。でも、一考には価するのではないかと思う次第です。キャビン不要論を唱えるつもりはありません。キャビンはほしい。でも、そんなに大きくなくて良いし、装備もそんなには要らないのではという気がしています。それより、スタビリティーが高くなって、セーリング操作がし易く、気軽に出せて、セーリングが面白い。その方がどんなにエキサイティングで、面白いだろうか?と私は想像します。それでも、キャビンで寝泊りもできる。どっちを優先しているかという事です。どっちかを優先すれば、どっちかが使いづらいかもしれません。では、どっちが面白いかです。それは何をしにヨットに来るかにもよります。しかも、1年や2年では無く、10年も20年も続くであろうヨットライフにおいてです。それで、デイセーラーやスポーツクルージングやら、そういう事を唱えております。とにかく、セーリングを楽しんだ方が面白い。そう思っています。反対意見もたくさんあるでしょう。だから良い。いろんなのがあって良いし、そうでなければ面白く無い。

今はキャビンヨット優先ですから、セーリング優先にするのはリスクです。リスクはいつも一般的では無いところに存在します。否、実在するのでは無く、心にある。その心に聞いてみて頂きたいと思います。

こういうと夢を壊すようにも聞こえます。しかし、買って、すぐに使わなくなるような夢なら、そんな物は泡みたいなもんです。逆に、セーリングに夢を描けないでしょうか?自分が自由自在に操る姿を想像できないでしょうか?そこに家族をたまにでも乗せて、スイスイ走る夢、それなら、何年もずっと長く続くと思います。

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