第三十二話 感覚を遊ぶ

セーリングというのは速さ、さばきの上手さ、コース取り、等々ありますが、その瞬間、瞬間の感覚を遊ぶ事ができます。例えば、セールを一杯に引き込んで、上りギリギリを走る。ほんのわずかな微妙な舵操作で、セールに裏風が入る。このきわどいコースでの走りは緊張感を伴う。ここには、力も不要ですし、誰でも味わえる感覚です。

そこにブローが入る。途端にヨットは風上に切りあがろうとする。舵操作で風下側に舵を切る事によってコースをキープできますし、或いは、セールを少し出してコースキープができる。ブローを抜けると再び前の状態に戻る。この一連の動作にも緊張感が感じられる。

これがブローでは無く、恒常的に風が強くなったら、セールから風を逃がすのと、ヒール具合との微妙なバランスを緊張感を持って遊ぶ事ができる。セーリングの面白さは恐らく、この緊張感を遊ぶ所にあるのではないかと思います。

緊張感はヨットがヒールする事によって沸き上がってくる。また、スピードが増す事によっても緊張感がもたらされる。従って、微軽風で緊張感を持つ事はなかなか難しい。よって、ひょっとすると上級者がテーマを持って走る時には、それでも緊張感を保てるのかもしれません。

こういうセーリングにおける緊張感というのは、、どれだけその緊張感を遊ぶ事ができるかにかかっている。緊張感はややもすると恐怖感にもなりかねない。それを楽しむには、やはり経験を重ねる事によってなされる。初めてヨットに乗って、大きくヒールしますと、恐怖感が出てくる。でも、そんなにヒールしてもヨットは大丈夫なんだと解れば、今度は恐怖感では無く、緊張感として楽しむ事ができます。それは、こうすればヒールは軽減される、つまり、この緊張感を解く方法を知っているからです。知った上で、その緊張感を味わう。これが面白いになってくる。

ですから、セーリングは少しでも上手くなって、この緊張感をより多く遊ぶ事ができるようになれば、なる程面白くなるという事になります。幸い、海の状態は無風から強風まで無段階にありますから、初心者でも上級者でも緊張感をそれぞれの段階で遊ぶ事ができる。

ヨットは大きくヒールさせれば良いというものでは無い。適度な角度があります。その角度をキープする為にセールはどうすれば良いか?風は変化しますから、ヒール角度を一定にしながら、その為にセールをコントロールします。風を逃がし過ぎず、取り入れ過ぎず、丁度良い設定を探す。このバランスの緊張感。慣れてきますと、ギリギリの緊張感を遊ぶ事ができる。

ヨットはうまいことできてるもので、ギリギリの上りよりも横に向けた方がスピードは上がる。今度はギリギリのバランスとしての緊張感では無く、スピードの緊張感を味わう事ができます。そして、ダウンウィンドになりますと、ジェノアとメインではスピードの緊張感を味わう事が難しくなるので、だれてしまうか、或いはジェネカーの展開によってスピードを得て、これもまたスピードの緊張感を味わう事ができます。

セーリングは結局、この緊張感を味わう、遊ぶ事かと思います。その合間に緩和があって一息ついて、そしてまた緊張感を演出する。これらを楽しむには、緊張と緩和を自分でコントロールできるところにある。強風の中をやむなく走る場合、これらを自分でコントロールできない場合は緊張のしっぱなしになり、場合によっては恐怖にもなります。でも、幸い、もし、自分のレベルを超えた強風なら、エンジン駆けて、マリーナに帰る事もできます。これがデイセーリングの良さです。でも、いつかは、経験を積めば、その強風の中でもリーフして、緊張感を遊ぶ事ができるかもしれません。このセーリングを遊ぶという点ではデイセーリングが最も適していると思います。

緊張の度合いはヨットの大きさにもよりますし、クルーが居る居ないにも寄る。つまり、緊張感を遊ぶという事は、ヨットのサイズにも関係無いし、クルーにも関係無い。大きくても、小さくても同じように緊張感を楽しむ事ができますし、クルーが居ても、居なくても緊張感を演出する事ができる。
釣りと同じで、太いラインで大物狙いの緊張感もあれば、細いラインで楽しむ事もできる。面白く無いのは、太いラインで小さな魚を得る時でしょう。最初はそれでも面白いですが。

ヨットは大きければ大きい程、楽と言います。クルーがたくさん居れば楽です。でも、楽である事を味わいたいのか、スリリングな緊張感を、自分でコントロールできる緊張感ですが、それを味わいたいのかによります。旅には楽を、セーリングには緊張感を、それぞれ目的が違う。

デイセーリングには緊張感と緩和を織り交ぜて、自分でコントロールしながら、この二つの感覚を味わう。緊張しっぱなしで疲れるし、緩和しっぱなしではだれてくる。自分のレベルで遊んでください。デイセーリングは風が無くなったら、自分のレベルを超えた強風になるなら、いつでもやめて帰る事ができます。実に良いとこ取りの都合の良い乗り方です。若い方がパワーにまかせて楽しむ事もできれば、年配の方がゆったりした中にも緊張感を持ちながら遊ぶ事もできます。

旅はまた別の緊張感です。知らないところに行く緊張感です。ですから、既に何度も行った事がある場所には緊張感が無くなってきます。ですから、今度は違う場所に行きたくなる。行った先の観光も楽しみです。車では無く、ヨットで来たという気持ちが観光の趣を変えてしまいます。ですから、ヨットで行くという事は仮にエンジンだけで走ってきたとしても、楽しいわけです。それは、ヨットで来たという緊張感があるからだと思います。

遊びは享楽的な遊びもありますが、緊張感を伴う遊びというのは、冒険心をも満たす別次元の遊びかと思います。だからこそ、何度でも楽しめるのかと思います。楽しいと面白いの違いかと思います。是非、面白いヨットライフをして頂きたいと思います。その中には享楽的楽しさも含みます。
それによってヨットは何十年でも飽きない遊びとなる。

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