第九十二話 中小規模の造船所

当社では中小規模の造船所の建造するヨットを取り扱っております。イタリアのコマー社で年間、約100艇オーバー、アメリカのセーバー社では50〜60艇、他社はそれ以下です。大規模造船所では年間数千艇を建造しますから、非常に小さな規模です。こういう中小の造船所は世界にたくさんあり、あのヒンクリーもアルデンもそしてスワンも小規模での建造です。

大規模建造でのメリットは当然ながら、その価格にあります。それで小規模建造のメリットは何かと言いますと、その品質という事ができます。結局、小規模の造船所が価格において大規模造船所には対抗する事ができません。そんな無謀な挑戦をしようものなら、すぐに敗れてしまう事はあきらかです。それで、小規模は活路を品質に求める。価格を無視するわけではありませんが、品質向上を目指して、差別化を図り、それに伴う価格上昇はあるものの、誰でも安ければ良いと考えるわけでは無いので、そういう上のクラスの人達をターゲットにします。当然ながら初心者よりも経験者が多く、そういう方々を満足させられる品質を考えます。

ヨットにおいて品質向上を図るならば、まずは使う素材から入ります。そして建造する工法を考える。そこに腕のある職人を使い、船体の完成度を高める。結局、造船所は船体しか造っていない。後はみんな、艤装品メーカーからの仕入れです。その艤装品にもクラスがありますので、自分達のヨットに見合う艤装品を選んで設置します。船体しか造っていないとは言っても、もっとも大事な部分で、船体が全てを決めます。艤装品は交換できますが、船体を交換する時は買い替えの時しか起こらない。船体が寿命を決め、性能を決めます。ですから最も重要です。

船体の事を考えますと、FRP製ですから、何が違うのか、という疑問になっていきますが、船体には造船所の全てが込められていますから、例えば、お客様であろうとも、それに見合わない艤装品の設置などを頼むと、断られてしまいます。それがずっと残ってしまうからです。売れるなら何でも要求を飲むわけではありません。そこにはポリシーがあります。

同じFRPでもハンドレイアップという職人さんの作業は、簡単なようで難しいものです。エアーが積層間に残らないように、また、樹脂とグラスの浸透比率などは強度におおいに関係してきます。すぐに差は出無いでも、長年の経過において差が出てきます。それから樹脂の種類も関係します。
大きなストレスを受け、長年にわたって片時もやすまる事が無いのが船体です。ですから、寿命を含めて、固く、剛性も高く造る。そういう事が無いと、誰も小規模のヨットは買いません。良いから、多少高くても売れる。強度を増すという事は、簡単にやろうと思えばFRPの積層を増やせば、かなり高まる。しかし、これでは重くなりすぎて駄目ですね。ですから、工法、ストリンガー、バルクヘッド、家具類、みんなあれば良いわけでは無く、積層をして強度を高めていきます。こういう作業はとても手間のかかる仕事という事になります。

それで手間がかかるという事は、大量生産には向かないわけです。1艇造るのに1ヶ月も2ヶ月もかかっていたのではコストに反映しますから、向かない。でも、小規模造船所はそれをする事によって、より品質を高める事にしか存在の意味は無いわけですから、それを怠っては、消え行くのみという事になるでしょう。

世界のヨットマンはそういう事が解っています。ですから、小規模の造船所が存在できます。自分の乗り方はこう、だから、安いので良い。そういう方もたくさんおられます。また、自分の乗り方はこうで、こういう事を求めるから、こういうヨットが自分に合う。そういう意識があります。ですから、快適なヨットライフには、知る事が大切になります。ヨットを知る事、そして自分のスタイルを知る事、そうやって自分に合うヨットを求めます。高けりゃ良いわけじゃないし、安けりゃ良いわけじゃない。

要求はたくさんあって、外洋としての性能を求め、それでいながら、セーリングとしての帆走性能も欲しくなる。重すぎて、軽すぎてもいけない。旅をするだけの目的と、日常のセーリングの両方を求める。快適性、居住性、価格、それらは全て一致するのでは無く、相反するもの。速さは居住性を犠牲にするかもしれないし、価格ともまた相反する。そうなると、どこかで妥協点を見出す必要が出てくる。その妥協点が造船所のコンセプトという事になります。デイセーリングだろうと、外洋艇だろうと、頑丈で帆走性能の高い方が良い。でも、コストも高くなります。

ヨットはサイズがちょっと大きくなるだけで金額がポンと上がる。大きければ大きい程、同じつくりなら剛性が落ちる。ですから大きい程そういう造り方をしないといけません。手間がかかります。単純に考えて、小さな箱と大きな箱、同じ造りなら、大きい方がねじれ易い。

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