第五十五話　究極のヨット遊び

スポーツカーを走らせる。バイクを走らせる。ただの移動で、ここからあそこへ行こうという行為なら、それは役に立つ行為ですが、移動目的では無い走らせる行為というものがあります。それはスピードであったり、カーブにおける捌きであったり、そういう走らせる行為そのものに面白さを感じる。これはスポーツ的行為と言われます。人は操縦して、自分の腕や、その結果どんな走りをするかという現象を楽しむ事ができます。

そしてヨットにも同じ様に、操船して、その結果得られる現象を楽しむ行為があります。その味わいは車ともバイクとも異なります。どちらも、スロットルを上げればスピードが出る。しかし、ヨットはセーリングですから、人工的にスピードを上げる事はできません。風に合わせる。より良く合わせる事ができる人は、他より少しスピードを得る事ができます。つまり、もう少しのスピードを得る行為はスロットルを上げるという簡単な行為では無く、いろんな複雑な要素を組合さなければなりません。つまり、スピードを得るプロセスが全く異なるわけです。人はこのプロセスにこそ面白味を感じる事ができます。機械的にスピードを上げるというのでは無く、風を読み、それに合わせる。それは人によって違ってきます。このプロセスによって、少しスピードが上がる。時に、良い風が吹いていると、風とセールがピタリと合うと、絶妙なバランスを感じ、快走する事があります。それはたかだか６ノットや７ノットに過ぎないかもしれませんが、問題は絶対的スピードでは無く、ピタッと合う時の絶妙なバランスにあります。そういう事を目指す行為はスポーツでしょう。

ヨットにはスポーツ以外にもたくさんの使い方、遊び方があります。それはそれで結構なのですが、それだけでは物足りなくなります。ですから人によってはレースに行く方がおられます。それも結構です。もうひとつはレースをしないスポーツをもっとお奨めしたいと思います。何故なら、そこにはヨットならではの絶妙なバランスを楽しむ行為があり、それを求めていると、いつの日か、全てがピタリと合い、何とも言えない快感を味わう事があるからです。それはヨットならではの醍醐味だろうと思います。ほんのわずか舵を切っただけで、このバランスは崩れてきます。全てがスムースに流れる時の爽快さを味わってほしいと思います。それにはスポーツとしてセーリングする事だろうと思います。例え、バタバタ動き回らなくても、ある一定コースを走り続けていたとしても、そこに自分の求める、研ぎ澄まされた意識と、実際の風とセール、舵、その他がピタリと合う時、真っ直ぐ走っているだけでも、そういう事があります。

レースなら、戦術として、いくら今快走していたとしても、タックしなければならないかもしれない。でもスポーツはその快走をもっと続ける事ができます。そんな快走を実現できた時、周りから見ればただ走ってきただけに見えるかもしれませんが、操船をしている人にとっては、大きな違いになります。ヨットの究極の遊びとは、この快走にあると思います。しかし、ここに自分の求める研ぎ澄まされた意識が同時に存在する事によって、さらに増幅され、最高のフィーリングを得る事ができます。これこそが、ヨット遊びの究極ではないかと思います。

腕が良いと快走はできる。しかし、意識が伴わないと快感には至らない。素早く動く必要も無く、自分のペースで、ひとつひとつ考えながらトリミングをしても良いし、時間がかかったとしても一向に構いません。レースじゃ無いんですから。そのうち慣れてくれば素早くできるようになる。ゆっくりでも良い。という事は、誰でも、その気になって、少しづつ学んでいけば、快走を楽しむ事ができる。おまけに、偶然にでもそういう快走になる事がある。最も重要な事は、それを求める集中した意識にあると思います。それがあれば、時に偶然にも風が助けてくれて、必ずしもピタリのトリミングではなくても快走と快感を味わう事ができる事もあります。

この究極の遊び無くして、キャビンや宴会やちょっとした旅、ピクニック的セーリングだけで、１０年も２０年も、或いは５年さえも面白くヨットを遊ぶ事はできないのではないかと思います。もちろん、ヨット遊びのバリエーションとして、そういう遊び方をどんどんやったら良いと思います。しかし、その中心にある物、ヨットを永く続ける強い動機となる物、”それ”を求める意識が必要じゃないかと思います。そして”それ”というのは、無理に求めるものでは無く、面白いから求めるのであって、それを知る為にはスポーツをする。求める意識を持ちながら、自分のペースで良いですからスポーツする事によって得られると思います。

それを実践するには、一人でも二人でも何人でも良いのですが、人が多くなればなる程、そういう意識を持つ事は難しくなります。レースという明確な目標が無いからです。大人数で、もしそれができるなら、それは同時にチームワークという面白さも味わう事ができますが、なかなかそうは行きません。ついついピクニックになってしまいます。それと、遠くを目指すと、移動する事に意識が向きます。

ですから、ピクニックの時はみんなで楽しくクルージングを楽しみましょう、宴会も旅も楽しみましょう。それはイベントとして、きっと楽しいはずです。それで、そうでは無い時、自分は”それ”を求める
時には、意識してスポーツをして頂きたいと思います。それがヨット遊びの普段の自分の乗り方になった時、これは１０年でも２０年でも続ける事ができると思います。もう若くないとか、体力が無いからスポーツはどうも、と思うわれる方もあると思います。でも、自分なりのペースでスポーツする事ができます。レースじゃ無いんですから。是非、スポーツしてください。

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